ピアノの上達、とりわけ基本的な弾き方や読譜が身について「脱・初心者」を目指す段階においては、身体の使い方やフォーム、発音についての感覚を正しく身に着けることがとても大切であり、それらの身体操作・楽器操作についてのメソッドを「ピアノ演奏法」(以下、「奏法」とよびます)と定義しています。ここでは、おんがく学び舎で採用している「現代ピアノ演奏法」について紹介いたします。

「ピアノ奏法」の学びについての大きな誤解

ピアノ演奏の複雑さ

ピアノの演奏を分解すると、「楽譜を読む」「音や音楽をイメージしたり、音を聴く」「身体を操作して弾く」の3つに分けられます。「ピアノを弾ける」というと、どうしても「楽譜をスラスラ読んで指を動かす」という印象がありますが、楽譜から指に至るまでには、脳内のイメージや動作の指令、からだ全体がスムーズに連動して動く、という複雑なプロセスを経ているわけです。

そして、そのような複雑な行為が必要なピアノ演奏をうまくするには、まずもって、複雑なことをなるべくシンプルにとらえる必要があるわけです。たとえば、私たちが歩いたりボールを投げたりするとき、ほとんどの動作は無意識のうちに行っているはず。

ピアノ演奏も同じで「指をはやく動かそう」と念じるだけでは動いてくれませんし、当然、指の筋肉をただ強化するだけでは思った通りの結果は得られないのです。

そして、演奏中は0.01秒で即座に体が反応しなければいけない世界。「まずここの関節を動かして…」などとは考える余裕はありません。だから「無意識」の領域を育てていく必要があるのです。そして動物である人間の脳は複雑なことはできないので、「なるべくシンプル」「本能的」な回路をつくらなければいけません。

奏法は「音楽軽視」ではない

そこで、私はピアノを教えるときの中心を「奏法」においているわけですが、そうすると必ずと言ってよいほど、「奏法は手段であって音楽そのものではない」「音楽軽視だ!音楽をイメージすれば体はついてくる」「形から入るのはおかしい」といった反論があげられます。

しかし私自身も、「音楽をイメージすれば自然と体は動く」という間違った指導をうのみにして、その結果、強くイメージすればするほど身体は固くなり、おかしな演奏をするようになっていきました。

このように反論される方の多くは、「奏法」を非常に狭くとらえていると思います。私が考える「奏法」は単なる手や身体の使い方のテクニックだけではないのです。最初に「身体操作・楽器操作についてのメソッド」という表現をしましたが、まさにその言葉通りです。

奏法というと、どうしても目に見えやすい部分として、演奏フォームや手の使い方が取り上げられることが多いです。しかし、それらは「身体操作」を学んだうえの結果が氷山の一角として目に見えているのであって、いわば枝葉の部分なのです。

では、幹の部分はどこにあるのでしょうか。奏法の根幹は「感覚」にあります。前項で言った「なるべくシンプルで本能的な回路」をつくるためには、「手のここをこう使って…」と頭で考えてはならず、なるべく多くの部分を感覚的に処理しなければなりません。

その「感覚」というのは、体に対する感覚だけではありません。ピアノとのコンタクトに対する感覚、音の聴き方の感覚、空間と自分との距離感覚、さらには音楽の流れや音に対する感じ取り方、これらがすべて含まれています。つまり「音楽軽視」などではなく、音楽を極限まで重視していったら、ここに行き着いたというわけです。

そして、それらの感覚が統合された結果、また演奏の中で必要とされる音を求めた結果、手の形やフォームといった「目に見える部分」にあらわれてくるのです。

「奏法」を学ぶというと、「宗教のように、決まった弾き方を強制される」という誤ったイメージがいまだにピアノ学習者や指導者の中でついているのはとても残念なことです。

とても言いづらいことですが、「奏法は危険」という方の99%は、実際にさまざまな奏法を試し、学びを深め、取捨選択した経験がない方です。その結果、「いい音が鳴ればどんな弾き方でもよい」「人それぞれ体も手も違うのだから、奏法なんてものにこだわらず、自分に合った弾き方をみつけよう」といった、思考放棄ともいえる指導をすることになるのです。

あなたは、今の自分の弾き方、奏法、音に100%満足していますか?

少しでも違和感がある場合、何かが「ズレている」可能性があります。もし、違和感がなかったとしても、「間違った方法に慣れきってしまっている」可能性が高いです。

様々な弾き方を満足いくまで試した結果、メリットデメリットを理解して「今の弾き方」を選択していますか?

なぜ、「ピアノ奏法」が最重要なのか

ピアノ奏法が最重要な理由はただ1つ、シンプルです。

「様々な悩みを対処療法でなく、根本から解決するから」です。つまり1を聞いて応用すれば、10の悩みが解決してしまう。

もちろん、楽譜の効率的な読み方を学ぶことや、指を速く動かすトレーニング、楽曲の背景について知ることもとても大切です。しかし、これらはすでに世の中でたくさん教材や学習法があり、アクセスすることができます。

しかし、ピアノに向かうときに必要な根本的感覚について、しっかりと教えてくれる場所は残念ながら少ないです。

本来音楽とは、身体全体の中に流れる感覚のあらわれであり、脳だけでなく身体全体を通して感じ、表現する必要があります。

そしてこの根本的感覚が間違ったままどれだけ練習を重ねても、どこかで頭打ちになってしまいます。

日本でメジャーな奏法は、クラシックにも本能にも反している

特に、クラシックは西洋の、それも200年以上前の音楽です。私たちは日本人ですが、クラシックを素敵に演奏するためには、ヨーロッパ的な感覚については、とりわけ意識して身に着けていく必要があるのです。

しかし、日本で主流となっている奏法は、クラシック的な音楽のとらえ方に基づいたものではなく、さらに現代のピアノの発音の仕組みにはそぐわないものだといえます。さらに日本で主流な奏法は、たしかに日本人にはとっつきやすいのですが、クラシック音楽を「本能的」に感じ取り、気持ちよくラクに演奏することからは、あまりにもズレている内容です。

優れたピアニストも、日本の主流な奏法で演奏されていることも多いのですが、「類まれなる才能と身体能力、血のにじむような努力」を重ねてその域に到達していると考えられます。つまり一般人がマネできるものではないということです。

現代ピアノ演奏法(モダンピアニズム)とは?

現代ピアノ演奏法に明確な定義はありません。また、さまざまな方が「現代ピアノ演奏法」という言葉を使ってピアノのレクチャーをなさっているため、人によって多少のブレがあります。それだけ、まだまだ開発途中の考え方ということです。

いわゆる「ロシアピアニズム」「重力奏法」関連の学びを深められた方がこの言葉を用いていらっしゃいます。私自身は、何もロシア系のピアニズムに限った話としてではなく、よりゆるやかな概念として捉えています。

「ロシアピアニズム」や「重力奏法」という言葉自体、「現代ピアノ演奏法」よりもさらにあいまいな概念であり、用語だけが独り歩きして誤解を招く傾向にありますので、私個人としてはこのキーワードは極力使わないようにしています。

「現代ピアノ演奏法」に共通する考え方を一言にまとめるのは難しいですが、あえてまとめてしまうならば、こうでしょう。

「現代のグランドピアノの鍵盤は50グラムもあり、それをすごい速さで打鍵していくには、また、楽器のポテンシャルを最大限に生かして音をよく響かせるためには、感覚も含めて全身を合理的にコーディネートする必要があり、そのために必要な身体操作方法が現代ピアノ演奏法である。」

私自身は、複数の先生方から考え方を学び、自分なりに吸収し、さらに分かりやすく上達しやすいメソッドを作り上げました。

小指が3cmしかなくても、体が小さくても弾ける

私は小指が3cmしかありません。これまで成人のピアノ弾きで自分より小指が短い人は見たことがありません。正直、もう一歩いけば奇形レベルです。手の大きさはオクターブがぎりぎり、広いアルペジオなどは物理的に演奏できません。

この手の状態はピアノを弾くうえでは大きなハンディキャップなので、まったくピアニストに向いているとは言えません…。

そんな前提条件であっても、力ずくに練習せず、合理的な身体のコーディネートを覚えることで、ベートーヴェンやリスト、ブラームスなどの難曲を弾きこなすことができるようになったのです。身長160cmの人がプロ野球選手になったようなものです。

指が短くても、体が小さくても、あきらめないでください。現代ピアノ奏法は、無駄な力を使わずして効率的にピアノを鳴らす方法論です。体格面で不利を感じている人には特効薬になるはずです。

現代の重いグランドピアノを自由に操る

現代のグランドピアノの鍵盤の重さは50gあり、クラシックの名曲が作曲された当時のピアノよりははるかに重い鍵盤になっています。50gというと軽く感じるかもしれませんが、これを1秒間に最大で5~6回も打鍵をし、長ければ1時間ほども打鍵し続けるわけですから、体には相当な負担がかかります。

多くの人は、多少なりとも無理に身体を使っていても、取り急ぎ音は鳴ってしまいますから、自分の無理に気づくことができません。

しかし次第に長い曲を練習するようになってくると、必ずガタがきます。そこでハッと気づいた時には手遅れ…。それ以上無理に演奏すると手を痛めてしまうでしょう。

ピアノを始めた段階から、ごまかしごまかしのテクニックではなく、しっかりと将来的な超絶技巧を想定する。そして、「超絶技巧にもムリなく応用できる」という観点から操作技法を身につけていくこと。これが現代ピアノ演奏法の考え方です。

感覚とイメージで覚えるから、だれでも身につく

奏法について話すとき、解剖学的な観点から「○○筋を動かして~」などとレクチャーされることは多いです。

その説明はたしかに科学的に見えますし、頭では飲み込みやすいですよね。でも、実際練習・演奏するときにどう動かせばいいのか、迷ったことはありませんか?

現代ピアノ奏法においても、基礎的理解のために解剖学的な見地は大切にしており、筋肉や関節の名前を使って説明することもよくあります。

しかし、私はそれ以上に「感覚とイメージの魔力」に信頼を寄せています。生徒さんにも理屈より、まずは感覚を磨いてもらうことを大切にしています。感覚は幼稚園児から磨くことができます。難しい言葉も知識も必要はありません。だから誰しも身につくのです。

できるようになるキッカケは、繰り返しのゴリゴリ練習ではありません。いつだって「新しい感覚をつかめた」ときにブレイクスルーが起きるのです。正しいイメージをし、自分の感覚をアップデートしたとき、大きな上達の波が来るのです。

演奏というのは知的作業でもありますが、そうとうに動物的なものであり、最後に土壇場で信頼できるのは感覚です。

クラシックらしく、センス良く演奏できる

現代ピアノ演奏法は基本的にはクラシック音楽のための演奏法です。(もちろんジャズやポピュラーにも応用できます)

クラシックらしい演奏とは何でしょうか?

なぜ、日本人の演奏は「田植え」になってしまうのでしょうか?

「うまいけど、なぜか感動しない眠くなる演奏」の原因はどこにあるのか?

私は、この問いをずっと考え続けてきました。私自身も完全に解明したわけではなく、勉強中ですが…。

クラシックを演奏するときには、日本語を話すときと180度真逆の脳の使い方をします。それは、「リズム」「発音」「メロディー」すべてにおいて真逆なのです。このことに気づいたとき、演奏はぐっとセンス良くなります。

「英語脳」を作ることと同様に「クラシック脳」を作っていきましょう。

現代ピアノ演奏法を学んで変わったこと

私自身、25歳からこのピアニズムを学び始めて、自分のテクニックを大きく変革することができました。

以前はアマチュア向けのコンクールでも予選落ちしていたところ、プロや音大生だけが出場する国際コンクールで1位通過や上位入賞することができ、桐朋学園大学大学院のソリストオーディションで選抜されるなど、過去の自分ではありえないような奇跡が次々に起きたのです。

これは目に見えるわかりやすい結果ですが、それ以上に、自分が弾いているときの「息苦しさ」が全くなくなり気持ちよく演奏できるようになったのです。

現代ピアノ演奏法は、「劇的ビフォーアフター」を可能にする奇跡のピアニズムだと思っています。それも、誰にでも奇跡が起こる再現性の高いピアニズムなのです。うさんくさい言い方になってしまいますが、あえて言いたい。間違いなく、私はこの考え方に救われた面があります。

ピアノ演奏に「正解」はない、でも知ることが大事

一点、疑念にもたれる点があるとすれば、「ヨーロッパに行ってないのに、ヨーロッパ流のピアニズムをなぜ語れるの?まがい物じゃないの?」ということでしょう。

事実、私はヨーロッパはおろか海外に音楽留学したことは一切ありません。。しかし、この時代において、適切な審美眼があれば海外経験、留学経験は関係ないと思っています。なぜなら、コンサートやインターネットを通して、いくらでも巨匠クラスのピアニストの演奏を聴き、観察することができるからです。

大学院の恩師の教授は、「ドイツに行っても、クラシックの基礎基本を知っているドイツ人は少数派だよ。ドイツ人に習えばいいってわけじゃない。」とおっしゃっていました。つまり、肩書きにたよらず正しい知識を求めること、学ぶ姿勢、汲み取る感受性次第だということです。

現代ピアノ演奏法=ヨーロッパ流、それ以外はダメ。というわけではありません。国際コンクールの場を見てみれば、100人100色の弾き方をされていることがわかります。「それぞれに合ったひき方がある」というのは真理です。

伝統的なピアニズムを否定するわけではありませんし、素晴らしい音楽が奏でられるのであれば、どんな弾き方だって素敵です。

ただ、自分のポテンシャルを120%出したいと考えたとき、一流のピアニストが鍵盤上で行っていることをよくよく観察してみれば、そこには間違いなくある共通点が隠されている。そしてそれにならうことで、確実に一流に近づくことができる。

まずは「正解」を求めるのではなく、掘り起こし、分析し、知ることが大事だと思います。

私も毎日新しい発見だらけですが、それらをレッスンを通じてみなさんと共有できればとてもうれしいです。

現代ピアノ演奏法をYouTubeやレッスンで体感してみてください

このページでは、おんがく学び舎のピアノ教育についての考え方を知っていただきたく、簡単な文章で概要をお伝えしました。

ピアノの練習や演奏は、つまるところ感覚的なものが多いため、ビジュアルと音で感じるとすっきりと理解できます。文章で伝えられることには限界があり、文章で無理やり伝えようとしても、かなりの割合で誤解を招いてしまいます。

そこで、YouTubeにて、無料でピアノの奏法やピアノの練習法などのお役立ち情報を発信しています。(現在準備中)

ぜひご覧いただき、学びを深めていってくださいね。